欲求階層

低次欲求と高次欲求とは?マズロー研究家が正しい意味と12個の特徴を解説

低次欲求と高次欲求

自己紹介

 

マズローが人間に備わる欲求を階層上に整理していたのは有名な話ですよね。

そのヒエラルキーにおいて、階層の下位に位置する欲求を「低次の欲求」と呼び、上位に位置する欲求を「高次の欲求」と呼んでいました。

そして、この「低次の欲求」と「高次の欲求」のそれぞれの特性の違いについて、12個の特徴に分けてマズローは事細かに説明してくれています

このコラムを通してマズロー自身が書いた実際の文章に触れながらその内容を正確に知ることで、自分や周りの人々の欲求を満足する達人になっていただければ嬉しいです

 

1.基本的欲求の順列

マズロー顔

 

さて、「低次の欲求」と「高次の欲求」の内容を把握するための準備として、まず最初にマズローが語った欲求階層における5つの基本的欲求の順列をサラッとだけ整理しておきましょう。

マズローは僕たち人間に備わる基本的な欲求を5つに分け、それらを「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「尊重の欲求」「自己実現の欲求」とそれぞれ名付けていました。

そしてこの5つの欲求は、生理的欲求から自己実現の欲求へと順に階層状に積み上がっているのですが、これをピラミッドの形にイメージ図化したものは多くの方が見たことがあると思います。

下のイメージ図は、僕が作ったイメージ図の簡易版になるのですが、今回はこれをベースに話を進めていきたいと思います。

 

マズロー欲求階層

 

なお、ここでちょっとした豆知識ですが、実はこういったイメージ図の原型を最初に作ったのはマズローではない別の人物で、マズロー自身は必ずしもピラミッド型であるとは名言していないんですよね。

この事は意外と知られていない事なのですが、そんなことも念頭におきながら続きの内容に触れていただければと思います。

 

2.低次と高次欲求の4つの力関係

低次の欲求と高次の欲求

 

さて、ここからこのコラムの本題に入っていきたいと思うのですが、最初に確認していきたい事は「低次の欲求(lower needs)」と「高次の欲求(higher needs)」の力関係です。

これは有名な話ですが、欲求階層においてはそれぞれの欲求は一律に同じ強さで影響力を持っているわけでなく、欲求を満たす際にはある一定の優先順位が存在しているのですが、マズローはその欲求同士の力関係を大きく分けて4つ語ってくれています

 

①低次の欲求満足により高次の欲求不満が生じる

 

四つの欲求同士の力関係一つ目が、欲求が不満足の状態においては低次の欲求の方が満足させる優先順位が高いというものなのですが、これはかなり広く知られている内容ですよね。

とはいえ、この事についてマズロー自身は実際どのような説明をしていたのでしょうか。

実はマズローは、複数の書籍にわたっていくつかの箇所でこの事を説明しているのですが、今回はマズローの代表作とも言える『人間性の心理学』という書籍の中の下記のような参考にしてみましょう。

 

『すなわち第一に、人間というものは、相対的にあるいは一段階ずつ段階を踏んでしか満足しないものであり、第二にいろいろな欲求間には一種の優先序列の階層が存在するという事実である。』

 

この文章からも確認できるように、マズローが人間に備わる欲求は一段階ずつ順番に満足するものであり、その欲求同士には優先順位があると言っていることが明確に分かりますね。

そのうえで、続いて欲求同士の関係性に関するマズローの別の発言を参照してみましょう。

 

『基本的欲求は、それ自体、相対的優勢さの原理に基づいて、公正なはっきり定まったヒエラルキーに位置づけられるのである。』

 

つまり、欲求同士の優劣の力関係は5つの基本的欲求にもあてはまるという事と、マズロー自身が『ヒエラルキー』という表現を使っていることがこの文章からも分かりました。

もっとも、これらの内容はあくまで確認に過ぎませんが、これらの事を前提に続いてはマズローが「高次の欲求」について具体的に述べている文章を見てみましょう。

 

『一つの欲求の満足と、その結果としての舞台の中心よりの移動は、空白状態あるいはストア的無感動を生ずるものではなく、また別の「より高次の」欲求を意識にもたらす。すなわち、願望や欲望は続くが、「一段高い」水準でみられるのである。』

 

これは少し難しい単語が使われているので分かりにくかったかもしれませんが、ここでマズローが述べていることは、人間はある特定の不満が満足し次の不満を満たそうとする際には、一つ前のものよりもレベルアップした欲求の不満を満たそうとするということになります。

このことについても今日では改めて言うまでもないほど当たり前の考え方となっていますが、人間の欲求のこういった特徴もマズローによって世間的な共通概念に広まった内容だと言えると思います。

 

いずれにしろ、この内容はこれから述べる低次の欲求と高次の欲求の話しの全ての根幹部分の内容であり、欲求満足の基本に据えられている一つ目のルールが低次の欲求不満→その欲求の満足→次の高次の不満であるということですね。

 

②低次の欲求不満時には高次の欲求は意識すらされない

 

続いて欲求同士の力関係に関する二つ目のルールですが、それは高次の欲求は低次の優勢な欲求が満たされるまでは意識にさえも現れないということです。

つまり、低次の欲求が満たされなければその上位に位置する欲求は存在すらしないことになり、当然その上位の欲求を「満たしたい!」という気持ちは全く生まれません。

ちなみに、マズローはこのことを次のような文章で表現してくれています。

 

『より高次の欲求は低次の優勢な欲求が満たされるまでは意識にさえも現れないからである。そして、ある程度それが意識に現れないと、欲求不満は起こりえない。たとえば、かろうじて生きている人は、人生についてのより高次の問題、幾何学の勉強、投票権、自分の町の評判尊敬などについて気をもんだりしない。』

 

この内容を言い換えれば、高次の欲求は本当は自分に内在しているにも関わらず、低次の欲求が満たされていない状態では透明人間のようになってしまっているということですね。

これを違った形で例えるなら、発言力のある活発な体育会系の男子生徒(低次の欲求)が幅を利かせ、大人なしめなインドア派の男子(高次の欲求)はクラス内で影の薄い存在になってしまっている感じでしょうか(笑)

ちなみに、このインドアタイプの男子は後々しっかり活躍の場が与えられるので、その逆転劇の話はもう少々お待ちください。

 

なお、この事は自己実現の欲求で考えるとより深く理解することができます。

どういう事かと言うと、たまに「私は自己実現の欲求なんてないよ…」という考えをお持ちの方がいるのですが、その方は自分にはちゃんと自己実現の欲求があるにも関わらずそれを意識できないほどに低次の欲求が支配的になっているということです。

つまり、本当は自己実現の欲求という高次の欲求を持っているのに、低次の欲求の影響力があまりにも大きくなっているが故に、自己実現の欲求がないと勘違いしてしまっているだけなんですよね。

 

極端な例で言えば、今日食べるご飯がない位に生命の危機に瀕しているような状況の人は、自己実現なんて言ってられません。

言うまでもなく仮に自己実現に至ったとしても直接的にはお腹は満たされないので、自己実現の欲求は意識にすら上がることなく生理的欲求が全開になるということはお分かりいただけると思います。

マズローも述べていたように、こういった人にとっては幾何学の勉強をしても投票権などの人権問題を解決しても、直接的には何の腹の足しにもなりません(笑)

このような意味で、低次の欲求がしっかりと満たされないと、高次の欲求はその存在すら忘れ去られるということです。

 

③欲求は高次になるほど弱く変わりやすい

 

続いて、欲求階層上の優劣の三つ目のルールですが、それは欲求は高次になるほど弱く、変わりやすく、抑制されやすいということです。

この事について、マズローは次のように表現しています。

 

『欲求は高次になるほど弱く、変わりやすく、抑制されやすいことも示された。』

 

この文章は分かりやすい内容なので特段改めて確認する必要もないと思いますが、この補足としてマズローは次のような言い回しでもこの事を説明してくれています。

 

『欲求は高次なほど、満足することに対する緊急性は低くなり、その満足をより長く延期でき、また永久に消失しやすい。【中略】高次の欲求は、阻止されても、低次の欲求の場合のように必死の防衛反応や緊急反応を示したりすることはない。』

 

つまり、欲求は高次になるほど弱く、変化したり抑えられたりしやすく、またそれと同時に満足することへの緊急性が低いため満足を先送りするもの容易で、なおかつ下手すれば永久に消える可能性もあるということです。

このことは先ほどの今日食べるご飯すらない人の事例からも分かると思いますが、高次の欲求は永久に消え去ることすらあるというのは、一般的には意外と知られていないポイントだと思います。

実はマズローは、実例として生理的欲求の満足で止まりそれより高次の欲求が完全に失われた人についても語っていたりします。

 

実際問題、それが良いか悪いかは別にしても、生理的欲求の満足さえ出来ていれば構わないという人は日本に限らず世界全体で見れば決して少数ではないですよね。

このことを念頭に社会を観察するのと同時に、他ならぬ自分自身を省みたときに自分の5つの基本的欲求のいずれかが消失していないかを確認することも、自分の欲求と上手に付き合う上で大切なことだと思います。

 

④欲求は満足すると優位性が逆転する

 

さて、最後の力関係におけるルールですが、それは欲求は満足するとその優先順位が逆転するということです。

言い換えれば、不満足時には低次の欲求が優勢ですが、低次の欲求が満足した暁には高次の欲求が優勢に立つということです。

この事を、マズローはこう述べてくれています。

 

『人間がパンのみによって生きるということは、パンのない時には確かに真実である。しかし、パンが豊富にあり、いつもお腹いつばいの時には、人間の願望はいったいどうなるのであろうか? 直ちに、他の(より高次な)欲求が出現し、それが生理的飢餓に代わって優位に立つようになる。』

 

つまり、生理的欲求が満たされていない状態では生理的欲求が最も優勢ですが、それが満足することで生理的欲求の影響力は下がり、より高次の欲求の優先順位が上がるのです。

このような意味で、欲求の満足時には不満足時の優先順位が逆転するということです。

少し前にお預けしたインドア派男子の逆襲はこのことだったんですね(笑)

そして、これはもちろん生理的欲求のみに言えることではなく、マズロー自身もこの文章の続きでこのように語っています。

 

『そしてそれが満たされると、順に、再び新しい(さらに高次の)欲求が出現してくるといった具合である。これが我々のいう、人間の基本的欲求はその相対的優勢さによりその階層を構成している、ということなのである。』

 

要するに、不満足時の優先順位が満足時には逆転するということが、基本的欲求においては順々に繰り返されることで、一つ一つ階層を上がっていくということですね。

なお、この事を冒頭の基本的欲求の階層イメージ図に落とし込むと下記のようになるでしょう。

 

低次欲求と高次欲求

 

ということで、欲求階層における低次の欲求と高次の欲求の力関係が整理できたところで、続いてはこれらをベースに両者の特徴の違いを理解していきましょう。

 

力関係の4ルール

①欲求満足の流れは「低次の欲求不満→その欲求の満足→次の高次の不満」である

②高次の欲求は低次の優勢な欲求が満たされるまでは意識にさえも現れない

③欲求は高次になるほど弱く、変わりやすく、抑制されやすく、緊急性は低く、満足をより長く延期でき、また永久に消失しやすい

④満足すると欲求同時の優位性は逆転する

 

3.低次と高次欲求の12の特徴

低次欲求と高次欲求

 

さて、ここから「低次の欲求」と「高次の欲求」の12個の違いについて掘り下げていきましょう。

ただ、最初に一つだけ注意点として述べておきたいのは、この12個の分類は僕が個人的にピックアップして整理したものでマズロー自身は12個という数字は用いていなかったということです。

もっとも、ヌケモレがないようには細心の注意を払いましたし、また分かりやすく整理は出来ているので、ここでの内容はマズローの主張をかなり忠実に反映しているという点ではご安心くださいね。

それでは、早速一つ一つの内容に入っていきましょう。

 

①低次の欲求はより物質的・利己的

 

低次の欲求と高次の欲求の差異に関する一つ目の特徴が、「低次の欲求」というのは低次であればあるほどより物質的であり、なおかつ利己的であるということです。

この事について、マズローは次のように説明をしてくれています。

 

『 安全欲求が満たされると、 有機体は、愛、独立、尊敬、自尊などを求めるようになる。有機体をより低次のより物質的でより利己的な欲求の束縛から解放させる最も簡単なテクニックは、その欲求を満足させることである。』

 

この文章から、マズローが欲求は低次であればあるほど「物質的」であり「利己的」だと述べていることが分かりますね。

たしかに、欲求階層が下位のものほど、目に見える有形物を獲得することで満たしやすい傾向がありますし、自分のなかだけで完結するという意味では下位であればあるほど「利己的」だと言えるでしょう。

逆に言えば、欲求は高次であればあるほど「無形的」かつ「利他的」な特徴があるとも言えます。

 

また、これに伴ってもう一つ補足として言えることに、物質的な低次の欲求の満足は一時的なものに過ぎないということです。

言い換えれば、物を獲得することによって得られる満足感は刹那的だということですね。

マズローはこの事をこう述べています。

 

『最近の世間は、物質的(より低次の欲求)豊かさ、その結果生じた倦怠・利己主義・エリート感情、”功罪に応じた”優越、低い未成熟な段階での固着、兄弟愛の崩壊などの病理について確かに何かを教えている。物質的な低次の欲求を満たそうとする生活からは、 明らかに、ほんの一時的満足しか得られない 。』

 

前半の文は非常に難解な表現をしていますが、この内容をざっくりと言えば、『最近の世間を見てみれば、物質的な豊かさとそれによってもたらされる問題、たとえば「だるい」とか「めんどくさい」というネガティブな気持ち、「自分だけよければいい」という自己中心的な考え方、他者との比較を通して優越感に浸ろうとすること、何か分かりやすいモノにすがろうとする幼さ、家族への正常な愛情がもてないことなどが、物質的豊かさを追い求めたことと関係していることは明らかだよね』ということです。

つまり、マズローは当時の世間の人々の物質的豊かさを追い求めたことによる内面的な人間性の低下を憂いていたのですね。

そしてその上でマズローは、物質的な欲求を満たそうとする生活をしていても、それでは刹那的でインスタントな満足しか得られない上に、そこから関連して様々な問題が生じていると述べています。

 

マズローがこの文章を記載した本を出版したのは1954年ですが、その時から長い年月を経た現代においては、この問題は解決されているのでしょうか。

この問いへの答えに関しては人によって様々だと思いますが、少なくとも、僕たち個々人においても社会というスケールにおいても、「物質的な豊かさ」の問題に完全に向き合い切れているとは、まだまだ言い難いように思えます。

 

②低次の欲求は部分的・身体的・具体的・限定的

 

マズローが語った欲求の差異の二つ目の特徴が、欲求というのは低次であればあるほど、部分的で身体的、なおかつ具体的であり限定的でもあるということでした。

これをマズローはこのように表現しています。

 

『低次の欲求は、高次の欲求よりはるかに部分的で、明確で、より限定されている。飢えや渇きは、愛よりも明らかに身体的であるし、愛は承認よりも身体的なものである。また、低次の欲求を満足させるものは、 高次の欲求を満足させるものよりも実体的で観察しやすいものでもある。 さらに、その欲求を鎮静させるのに満足させるものの量が少なくてすむという意味で、より限定されたものである。飢えならそれだけ食物を食べればすむが、愛、承認、認知的欲求になると、ほとんど限りないものである。』

 

つまり、基本的欲求は低次であればあるほど、部分的・身体的・具体的・限定的であり、その一方で、これと相対的な意味において欲求は高次であればあるほど、全体的で、精神的で、抽象的で、包括的であると言えるでしょう。

 

ちなみにここで少し余談ですが、一般的によくある低次の欲求と高次の欲求の特徴の説明で、5つの基本的欲求をどこかで明確に線引きして、たとえば「生理的欲求と安全の欲求は身体的な欲求でこれ以外の欲求は精神的欲求である」といったような説明があるのですが、マズロー書籍をすべてくまなく読んだ僕が把握している限り、マズロー自身はそのような具体的な分類はしていません

その線引きラインの境目がどこであれ、このような線引きによるグルーピングはこの後の他の特徴にも当てはまりませんので、ご注意くださいね。

 

さて、話が逸れてしまいましたが、先ほどマズローも言っていたように、たしかに生理的欲求の満足は胃袋の満足という意味では一部の器官における満足に過ぎないため部分的です。

また、言うまでもなくそれは身体的な満足であり、ご飯を食べれば済むという点で限定的な話であると同時に、実体として目に見える具体的な満足ですよね。

一方で、マズローも言うように愛されたいという欲求を満たすには、様々な側面での満足が必要であり、精神的な満足も関わっていて、目に見えない・言葉にできないという意味で抽象度の高い欲求ですし、一つの事柄に限定されていないより包括的な視点で満たす必要があるものになります。

 

なお、これを冒頭のイメージ図に落とし込むと下記のようになりますね。

 

低次欲求と高次欲求

 

そして、この続く三つ目の特徴は、この事と関連しているものです。

 

③高次の欲求は知覚されにくく見誤られやすい

 

二つ目の特徴とひとつながりとも言える三つ目の特徴は、高次の欲求は低次の欲求に比べて五感で知覚されにくく、それ故に見誤られやすいということです。

これは、全体的・精神的・抽象的・包括的であることに付随して生じる特徴とも言えそうですが、マズローは実際このように説明をしてくれています。

 

『高次の欲求は、主観的に見て、緊急性が少ない。それは知覚されにくく、見誤られやすく、また暗示、模倣、誤った信念や習慣により簡単に他の欲求と混同されてしまう。自分自身の欲求を認識できること、すなわち自分が本当は何を望んでいるのかを知ることは、心理学的にかなりのところまで到達したことであり、高次の欲求についてはなおさらである。』

 

つまり、高次の欲求は緊急性が低いがゆえにしっかりと認知されることが少なく、実際その正しいすがたを捉えられにくいということです。

そして、そのため他者の意見・固定観念や思い込み・慣習的な思考のクセなどによって、他の欲求と勘違いされてしまうことが非常に多いのです。

 

そういった意味でも、自分の欲求を正確に把握することはその欲求が高次であればあるほど難しくなってくることであり、心理学的にえば高度のレベルに達した精神性でないとそのすがたを正しく把握することはできないということになります。

言い換えれば、しっかりと自分と向き合い客観的に自己を理解できず、勝手な自己都合や自己イメージに囚われたり、あるいは社会からの暗示や他者の無責任な意見などに振り回されることで、僕たちはいとも簡単に自分の本当の欲求を見失ってしまうのです。

実際、自己実現を生きている人はこれとは対称的な存在であり、彼らは自分の欲求をしっかりと把握することができていて、それゆえに自分の欲求を満たす能力も高くなっています

もっとも、自分の欲求を正しく理解できていなければ、その欲求を満足させることができないのは言うまでもないことですよね。

 

なおかつ、「ご飯が食べたい!」という欲求を他の欲求と混同することはありませんが、「愛されたい!」「誰かと繋がっていたい!」「自他を尊重したい!」という欲求は、往々にしてその本当の願望を勘違いしてしまいます。

なぜなら、たとえば「愛されたい!」という欲求が、実は「愛の欲求」ではなく、愛されることで安心感を得たいだけなのであればそれは「安全の欲求」かもしれないからです。

あるいは、「自他を尊重したい!」という欲求が実は「尊重の欲求」ではなく、「自分を認めて欲しい!褒められたい!」というただの承認欲求というケースもあるでしょう。

いわんや自己実現の欲求に関しては、表向きは自己実現へとひた走っているように見えて、心の奥底ではただ単にお金持ちになったり社会的な成功を収めることで低次の欲求を満たしたいだけだったりすることは珍しいケースではないと思います

こういった意味で、高次の欲求はその本当のすがたを捉えることが難しく、そのうえ自分でも勘違いしてしまっていて尚且つそのことに自覚がないという場合がとても多いのです。

だからこそ、マズローは非常に丁寧に5つの基本的欲求の特徴や階層構造の詳細や欲求満足の注意点などを事細かく説明してくれているのですね。

 

しかし、実際は多くの方がその話に耳を傾けることなく、表面的な情報だけかいつまんでいるのが事実でしょう。

その証拠に、自己実現の欲求を健全なかたちで満たせている人は、ごくごく少数の人に限られてしまっています。

このような意味でも、マズローの語る話を含め人の心に関する正しい情報をしっかりと取り入れることで、欲求の混同という問題を解決できるのだと思います

 

④高次の欲求は複雑であるため満足が難しい

 

四つ目の特徴も先に触れた二つの特徴と結びついているもので、マズローは高次の欲求は複雑であるがゆえに満足させる難易度が高いと考えていました。

この事は、次のような表現で説明してくれています。

 

『一般的に、人生は高次の欲求レベルでは複雑なものといえるかもしれない。承認や地位の欲求は、愛の欲求よりもより多くの人々、より多くの場面、より長時間、より多くの方法や部分的目標、より多くの下位の予備的段階を必要とする。同じことが愛の欲求を安全の欲求と比較した時にも言えるであろう。 』

 

つまり、高次の欲求というのは満足させるための前提条件が多く、その内容も複雑になることから当然満足する上でより骨が折れるということですね。

 

言うまでもなく、お腹が空けばご飯を食べて終わりであり、日本に生きる僕たちはその満足のための条件は整っているので容易に不満を解消することができます。

しかし、より高次の欲求になればなるほど、満たすために必要とされる経験値や費やす時間は増え、その手段も多岐にわたると同時に複数の方法が必要なケースも出てくるでしょう。

このような意味でも、高次の欲求というのは向き合うのが大変な側面が大きく、したがって満足までの道のりが多難になる傾向があるのですね。

少なくとも、右にならえで無責任な生き方をしていたり、言い訳ばかりしていたり、他者に依存的な関りを求めていたり、社会と健全な関係性を築くことができていなかったり、自分としっかりと向き合うことから逃げていたりすれば、自分の高次の欲求を満たすことはまずできないと思います。

実際、マズローが自己実現していると認めた人々は、高次の欲求を満たすために必要な前提条件や予備的段階を整える道のりを歩み続け、その中で自分を深め社会や周囲の人々とも調和することで、低次の欲求をしっかりと満たし高次の欲求の満足へ突き進むことができていました。

なお、この話は、続く五つ目の特徴への理解をより促してくれるものでもあります。

 

⑤高次の欲求満足には良い外的条件が必要

 

マズローは、高次の欲求の満足のためには、自己の内面を深める一方で、自分以外の要素である外的な条件が良いものであることも必要であると考えていました。

これは平たく言えば、自分が過ごしている社会の構造やシステムや環境が整っていることが大切だということになります。

この事を、マズローは次のような具体的な事例で述べてくれています。

 

『高次の欲求を実現するには、より良い外的条件が必要である。人々が、単に互いに殺し合いをしないでいるという状態だけではなく、互いに愛し合うようになるには、より良い環境条件(家族、経済、政治、教育など)が必要である。さらに自己実現を可能にするには、非常に良い条件が必要である。』

 

この内容は、比較的分かりやすい話ですよね。

治安が悪く、人々の心がすさみきっていて、政治や教育制度が破綻し、経済的にも困窮しているような環境下では、高次の欲求を満たすことが難しいというのは想像に難くないことですし、ましてや自己実現に至るなどもってのほかですよね。

そういった意味では、日本に生きているというだけでも、もしかしたら高次の欲求を比較的満たしやすい環境下にいられているということが言えるのではないでしょうか。

そう考えると、日本という恵まれた国に生まれたにもかかわらず自己実現も含めた高次の欲求で生きられないのだとすれば、それはとても勿体ないことであり、ある意味で贅沢な怠慢なのかもしれません。

言うなれば、高次の欲求を目指すことすらできないような世界に身を置いている人々からすれば非常にもどかしい存在が、僕たち日本人なのかもしれませんね。

 

⑥高次の欲求は個体発生的に後から発達したもの

 

ここで折り返し地点となる六つ目の特徴は、少々アカデミックな内容です。

というのも、マズローは高次の欲求というのは個体発生的にみると後になってから発達する欲求だと述べていたからです。

個体発生的という言葉がやや学術的ですが、これを平たく言えば先天的に生じるものではなく後天的に生じるのが高次の欲求であり、年齢を重ねるにつれて現れるという特徴があるということです。

もっとも、これはその内容自体に関しては誰もが実体験として理解していることでもあり、マズローも次ような具体的な説明も交えながら解説してくれています。

 

『高次の欲求は、個体発生的に後になって発達したものである。誰でも、生まれた時には身体的欲求を示すのであり、またおそらく初歩的形態の安全欲求も示し、たとえばびくっとしたりおびえたりする。』

 

言うまでもないことですが、生理的欲求は赤ちゃんでも持っていますよね。

同じく、僕たちには安全の欲求も生まれながらに備わっていて、その証拠に危機を感じた際には泣いたりジタバタしたりすることができます。

自分自身でその欲求を満たせなくても、その欲求の不満を表に出し両親や保護者にその対処をしてもらうことで、低次の欲求を満たすのです。

なお、安全の欲求から上位に位置する欲求についてもマズローは先ほどの文章の続きで述べてくれています。

 

『幼児が人との結びつきや選択的愛情を最初に示すのは、生後わずか数カ月のことである。さらに遅れて、安全の欲求や両親の愛情に加えて、自律性、独立 、達成、他者からの尊重や賞賛などの欲求がかなりはっきりと見られるようになる。』

 

このことも、すんなり理解できる内容ですよね。

いわゆる自我の芽生えなどに伴って、所属と愛の欲求や尊重の欲求などが徐々に現れだします。

ちなみに、自己実現の欲求に関しては、マズローはこれら一連の文章のなかでこう語っています。

 

『自己実現の欲求は、ずっと後で、モーツアルトでさえ三~四歳まで待たねばならなかった。』

 

この一文は、人によって受ける印象が違うかもしれません。

『モーツァルト』に反応した方もいれば、『三~四歳』に心が動いた人もいるでしょう。

ちなみに僕が最初にこの文を読んだときは、「自己実現の欲求の説明にモーツァルト出てしてくるかい!」「ってか、モーツァルト四歳の時には自己実現の欲求がハッキリ出てきてたんかい!」と思いました(笑)

いずれにしろ、自己実現の欲求が現れる条件はこれまで見てきたことですし、この六つ目の内容とも矛盾しない話ですよね。

 

ちなみに、個人的には高次の欲求が現れるのは早ければ良いという単純なものではないと思っているのですが、その話はいつか機会があればまた別のところで出来ればと思います。

 

⑦欲求は高次になる程より人間特有

 

七つ目の特徴は比較的有名な内容かもしれませんが、マズローは高次の欲求であればあるほど人間的なものであると考えており、自己実現の欲求に関しては他の動物には見られない人間特有の欲求であると考えていました。

 

『高次の欲求は、系統発生的、進化的に後から発達したものである。我々の、食物に対する欲求は生きとし生けるものと共有するものであり、愛に対する欲求は(おそらく)高等な類人猿と共有するものであろうが、自己実現の欲求は人間だけのものである。欲求は高次になるほど、より人間に特有のものとなるのである。』

 

つまり、生物の進化論的な視点で言えば、高次の欲求はより進化の進んだ動物に見られるものであり、その中でも愛の欲求は高等な猿人類にのみ備わる欲求で、さらには自己実現の欲求は他の動物にはない人間だけがもっている欲求であるということです。

これは、もしかしたら生物学者や脳科学者などの方は異論を唱えたくなる主張かもしれませんが、少なくとも僕も含めたそのような専門家ではない一般人からしたら、それほど違和感のない話ですよね。

むしろ、自己実現の欲求があるおサルさんってどんな風な猿なのか想像ができなくないでしょうか(笑)

 

ちなみに僕個人としては、人間以外の動物はもちろん植物も含めた生物たちは、むしろマズローが自己実現の先にあるとした自己超越を生きていると言えるのではないかなと思ったりもするのですが、その話はこのコラムの本題とズレてしまうのでまた別の機会に譲りたいと思います。

 

⑧高次の欲求で生きることは健康的

 

マズローは、高次の欲求で生きることは身体的に健康であると述べており、逆に低次の欲求が満たされないことは体にとって害であると考えていました。

 

『高次の欲求レベルで生活することは、生物としての有能性が高く、より長寿で、病気が少なく、安眠、健康的な食欲などを意味する。精神身体医学の研究者は、再三にわたり、不安、恐怖、愛情の欠乏、抑制などが心理的にも身体的にも好ましくない結果をもたらすもの であることを証明している。』

 

この内容は反論の余地がないと言えるほど、自分自身の実体験からも分かることですよね。

生理的欲求の欠損が身体に悪影響を及ぼすことは言わずもがなですし、心と体が密接に関わり合っているが故に安全の欲求以上の高次の欲求の満足が健康な体につながっていることも無理なくうなずける内容だと思います。

なお、マズローはこと精神面における健康については以下のような表現で別記していたりもします。

 

『高次の欲求を探求し満足することは、 一般的に健康への方向をたどり、精神病理から遠ざかることを表わす。』

 

つまり、高次の欲求の満足は心の病を寄せ付けないという一面があるんですね。

事実、自己実現している人びとは、心身ともに理想的な健康状態を保っていました。

一方で、マズローは高次の欲求が満たされないことで患う心身の両方における様々な病的な症状を一括りにし「高次病」と名付けており、現代人の多くがこの高次病に該当していることを問題視していたのですが、この内容の詳細は今回は割愛させていただければと思います。

 

いずれにしろ、高次の欲求の満足が心と体の両方を健康的にしてくれるという意味では、長い人生を最後まで有意義に生きるためにも、やはり自分の欲求をしっかりと理解し正しい形で満たしてあげることはとても魅力的なことのように思えてこないでしょうか。

 

⑨高次の欲求満足は真の幸福をもたらす

 

この特徴は、一つ前の特徴の延長線上にあると言えそうな内容ですね。

端的言えば、「高次の欲求を満たせば幸せになれるよ!」と言い換えられるでしょう(笑)

 

『高次の欲求を満足することにより、いっそう望ましい主観的結果ー真の幸福、平静さ、内的生活の豊かさーがもたらされる。安全欲求を満足しても、せいぜい安心感やリラックス感をもたらすにすぎず、満たされた愛の恍惚、至高経験、幸福な興奮や、その結果としての平静さ、理解、崇高さなどは生み出しはしない。』

 

これは、物質的な低次の欲求の満足が刹那的なインスタント満足にすぎないという内容とも紐づくことと言えそうです。

それらが一概に悪いとは言えませんが、本当の幸福感や真の満足感、あるいは心の底からの充実感や一体感は、やはり高次の欲求を追求した先に見えてくるものなのでしょう。

その象徴的な瞬間が、一般的にも有名な「至高経験」であり、この至高経験はマズロー心理学の真骨頂の一つですね。

 

⑩欲求が高次なほど愛情深くなる

 

マズローが自己実現している人に共通して見出していた特徴に、彼らが真の愛を自己に内包していたということがあります。

その愛は、利他と利己を統合した豊かさの極みとも言える愛なのですが、より高次の欲求を生きる程それは洗練され、また深く沁みわたるものでもあります

そしてその極められた愛は、自ずと大きな広がりを持つようになり、愛を感じる範囲はより広大広域になっていくのですが、この事をマズローは次のように表現してくれています。

 

『欲求レベルが高次なほど、愛の同一視の範囲は広くなる。すなわち、愛の同一視対象の数は増大し、またその程度も強固になる。愛の同一視とは、二人以上の人が欲求の優勢さにより形成したヒエラルキーのどこかで結合することである。互いに愛し合う二人、自分の欲求と分け隔てなく互いに相手の欲求に反応しあう。相手の欲求は自分自身の欲求なのである。』

 

つまり、高次の欲求であればあるほど、そこで実現される愛は向けられる対象が増えていき、強固でしなやかなものになるのです。

そして、そのような豊かな愛を自己の内面に育んでいる者同士は、自然と引き寄せ合い、お互いの愛を享受し合うということですね。

 

これは少々抽象度の高い話であり、人によってはどこか受け入れ難いものを感じたり、ただの綺麗ごとのように聞こえるかもしれませんが、いずれにしろ、このような主張の背景にある「受容」「充足」「調和」「統合」というキーワードは、マズロー心理学の根底に流れるエッセンスの一つであり、高次の欲求を極めるなかで自ずと向き合うことになるものです。

 

⑪高次の欲求満足は社会的に好ましい

 

この特徴は、ここまでの特徴を把握した後では自然と導き出されるものだと言えそうですが、マズローは僕たち一人一人が個人レベルで高次の欲求を満たすことは、社会全体への良い影響を与えることになると考えていました。

これは、少し前の心身の健康の話や、直前の愛情の話から派生すると生じる一つの結果とも言えそうですが、マズロー自身は次のように語っていました。

 

『高次の欲求を探求し満足することは、社会的にも好ましい結果をもたらす。ある程度、欲求が高次である程、利己性が減少するはずである。飢えは極めて自己中心的なものである。満たして満足するのは自分だけである。ところが、愛や承認の探求は必然的に他者もかかわってくる。さらに他の人々の満足の問題も加わってくるのである。』

 

これは、高次の欲求が全体的で包括的であるという特徴とも一致する内容でしょう。

所属と愛の欲求や尊重の欲求が他者とのかかわりの中で満たされるものであり、それは同時に他者のこれらの欲求を満たすことにも結びついているということは、その通りですよね。

そういった意味では、僕たちは自分以外の人々の所属と愛の欲求や尊重の欲求を満たすことによってでも、自分自身のその欲求を満たすことができるのだと思います。

「奪い合えば足りず、与え合えば余る」ではないですが、自分の欲求を満たす前に周りにいる人々の欲求を満たすという形で自他の欲求を共に満たすという道のりも存在しているのではないでしょうか。

なお、このことをマズローは先ほどの文章の続きで社会全体のスケール感で語ってくれています。

 

『基本的欲求を十分に満たし愛や承認を(食物や安全ではなく)求める人は、忠誠心、友情、市民意識などの資質を発達させ、良い親、夫、教師、公務員などになる傾向がある。』

 

欲求階層を順次満たしていくことは、一人の人間としてはもちろん、イチ社会人として、イチ労働者として、あるいは子をもつ一人の親としてであったり、自分が生活する地域の市民や、生まれ育ったお国の一員である国民として成熟することにもなるのですね。

 

⑫高次の欲求満足は真実の個性につながる

さて、最後の特徴は、ここまで見てきた全ての特徴の集大成ともいえる内容だと思います。

高次の欲求を満足させることは、僕たちひとりひとりに内在している真の個性のより大きく強い発揮に繋がっています

 

というか、自己実現とは、ありのままの自分の可能性を思う存分発揮し、それを世界と共有することなので、真の個性を発揮しないことなどあり得ないのです。

借り物でもなければ、噓偽りでもない、元々のオリジナルな自分を深め、広げ、大きくし、強さを兼ね備え、それを生きることが自己実現です

生理的欲求から尊重の欲求までの4つの基本的欲求は、そのための土台となってくれるものであり、自分の自己実現を揺るぎない真実にしてくれるものです

 

だからこそ、欲求階層を一つ一つちゃんと満たしていき人間として心も身体も充実した状態で人生を歩むことにマズローは価値を見出していて、自身の心理学的な研究を通してそのための手助けを僕たちに向けてしてくれていました。

 

このような視点をもって、これまで見てきた「低次の欲求」と「高次の欲求」の内容を振り返ることで、より一層マズローの言葉の一つ一つが輝いて見えてくると思いますよ。

 

『高次の欲求を探求し満たすことは、より大きな、より強い、より真実の個性につながる。このことは、高次の欲求レベルで生きることがより多く愛の同一視をする、すなわち 、より社会化することであるとする前述したことと矛盾するように見えるかもしれない。しかしどんなに論理的にはそうであっても、それにもかかわらず経験的には真実なのである。自己実現のレベルで生きている人々は、実際に、人類を最も愛する人であると同時に、また、個人的特性を最も発達させた人でもある。』

 

 

【おわりに】

さてさて、このコラムを最後までお読みいただきありがとうございました。

ここで触れた欲求階層についてのマズローからのたくさんのギフトを活かして、欲求を健全に満たす達人になっていただければ嬉しいです。

 

低次と高次の12個の特徴

①低次の欲求はより物質的・利己的
②低次の欲求は部分的・身体的・具体的・限定的
③高次の欲求は知覚されにくく見誤られやすい
④高次の欲求は複雑であるため満足が難しい
⑤高次の欲求満足にはより良い外的条件が必要
⑥高次の欲求は個体発生的に後になってしたもの
⑦欲求は高次になるほどより人間特有
⑧高次の欲求で生きることは健康的
⑨高次の欲求を満足は真の幸福・平静さ・内面の豊かさをもたらす
⑩欲求レベルが高次なほど愛深くなる
⑪高次の欲求の満足は社会的に好ましい
⑫高次の欲求満足は、より大きな、より強い、より真実の個性につながる

 

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