少々マニアックなワードである「メタ欲求」という単語ですが、この言葉が指し示す意味とは一体なのでしょうか?
今回は、元々の語源や実際のマズロー書籍の引用文などを参考にしながら、マズローがどのような意味合いでこのメタ欲求という言葉を使っていたのかについてサクッとまとめてみました。
もくじ
1.メタ欲求の意味
では、まず早速メタ欲求とは何か?ということの結論から述べたいと思います。
メタ欲求とは、「高次の欲求」という意味です。
もっとも、この意味はあくまで一般的に使われる際の意味合いであり、マズローが使うメタ欲求はもう少し色々なニュアンスを含んでいるものなので、これだけの理解では少々不十分とも言えます。
ということで、その理由とマズローがメタ欲求について具体的に何と言っていたのかについて、ここからさらに深く掘り下げていきましょう。
2.メタの元々の語源
そもそも論ですが、メタ欲求の「メタ」とはどのような意味なのでしょうか?
これはWikipediaにも載っていますが、「メタ」という言葉は、元々はギリシア語の「meta」が由来となっている言葉です。
そしてその意味は、「より高次の」「超える」といった意味を持っています。
ちなみに、メタというのはメタ欲求と同じように語尾に他の単語をくっつけて使うことがありますね。
たとえば、メタという言葉を使った他の造語に「メタレベル」という言葉がありますが、これは「より高いレベル」「高次のレベル」という意味になります。
しかし、実はこのメタという言葉は少々厄介なんです。
なぜなら、メタを使った造語は「メタレベル」以外にもたくさんあるのですが、それらの他の造語においては「高次の」という意味とは別の意味で使われることがあるからなんです。
たとえば「メタ認知」という言葉。
どこかしらでこの言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、メタ認知とは、広い意味では「自分が認知していることを客観的に把握すること」という意味になります。
これを平たく言えば、「自分が認知していることを認知すること」で、要するに「自分の認知を自分で自覚する」ということですね。
そして、これは高い視座から俯瞰するという意味では確かに「高次」「超える」という意味合いとも言えそうではあるものの、直接的にそのような訳にはなっていません。
つまり、このメタ認知という言葉における「メタ」の意味は、必ずしも「高次の」や「超える」という意味とは直結していないということになります。
また、これと同じくネットスラングの「メタ発言」や「メタ推理」や「メタメッセージ」といったような造語は、同様に「高次の」という意味でメタという言葉を使ってはいないんですね。
そんな、わりと誤解しやすいメタという言葉ですが、マズロー自身はどのような意味で「メタ欲求」という単語を使っていたのでしょうか?
3.マズローにとってのメタ欲求
冒頭でも触れましたが、マズローはメタ欲求という言葉を色々な意味で使っていました。
というか、もっと正確に言うのであれば、使う場所によってこの言葉の意味を変えているんですね。
したがって、同じメタ欲求という言葉を使っているにもかかわらず、その言葉が指し示している意味が文脈によって異なっているんです。
このような意味でもマズローの使うメタ欲求という言葉は誤解を生みやすいため、実際にネットで検索するとメタ欲求の説明として「メタ欲求=自己実現の欲求」という説明をしているものもありますが、これはある意味では正解であるものの厳密には不正解でもあります。
実際、マズロー自身も彼が書いた書籍の中で「メタ欲求=自己実現の欲求」と明確に言ってはいませんでした。
では実際、マズローは何と言っていたのでしょうか?
ここで、マズローが初めてメタ欲求という言葉を登場させた『人間性の心理学』という著作の文章を引用してみましょう。
マズローは、自己実現の欲求で生きている人々についての説明で、次のような文章のなかでメタ欲求という言葉を用いています。
『彼らの動機づけは質的に全く違ったものになっており、安全や愛や承認に対する通常の欲求とは非常に異なるので、それらは同じ名前でさえ呼ばれるべきではない。私は、自己実現している人々の動機づけを述べるのに「メタ欲求」【metaneeds】という言葉を提案した。』
つまり、自己実現を説明するためにわざわざ新しい言葉を創りだすことが適切だと判断したのですね。
確かに、この文脈だけ見ると「メタ欲求=自己実現の欲求」と解釈できなくもなさそうですが、それは少々早計になります。
というもの、マズローの集大成とも言える『人間性の最高価値』という別の書籍のなかでは、マズローは若干違ったニュアンスでメタ欲求という言葉を使っているからなんです。
マズローの欲求階層においては、階層の下位に位置する低次の欲求は、階層の上位に位置する高次欲求よりも満足させる優先順位が高いのですが、その説明の際にマズローはこのように語っています。
『低次の基本的欲求は、高次欲求より優勢で、さらに高次欲求は、メタ欲求(本質的価値)より優勢である、と考える。』
ご覧いただいて分かるように、メタ欲求という言葉に(本質的価値)というかっこ書きが付いていますね。
つまり、この文脈においては、「メタ欲求 ≒ 本質的価値」という意味合いで使っているんです。
したがって、この箇所においてはメタ欲求を「自己実現の欲求」という意味では使っていないということが分かりますね。
しかも、欲求の優先順位をマズローが「低次の欲求>高次欲求>メタ欲求」と説明しているということは、このコラムで最初に説明した「メタ欲求=高次の欲求」という一般的な意味でも使ってはいないようです。
要するに、マズローは基本的欲求の階層における高次欲求よりも更に高い欲求としてメタ欲求という言葉を用いているんですね。
では一体、その高次欲求よりもさらに高い欲求とは何なのでしょうか?
そのヒントになるのが、先程出てきた『メタ欲求(本質的価値)』という部分です。
もっとも、この「本質的価値」をどう解釈するのかが難しいところではあるのですが、ここでは結論だけ言うと、この本質的価値とはすなわち「B価値」のことです。
「B価値とはなんぞや?」という方に向けて簡単に説明すると、マズローは自己実現に生きている人が大切にしている価値を14個の言葉で整理しており、それらをまとめて「B価値」と名付けていました。
B価値に含まれる代表例としては、「真実」「善」「美」などがあるのですが、自己実現している人は皆一様にこのB価値を大事にし、これを極めることに人生を捧げていました。
あるいは、自分の中のB価値を深く掘り下げそれを研ぎ澄ませることを通して自己実現を果たしていたと言い換えても良いかもしれません。
いずれにしろ、彼らはB価値を極めたいという欲求を持っていたということです。
なお、ここで一つだけ注意点があります。
それは、自己実現の欲求で生きている人でも、それが欲求である以上は当然ながらその欲求が満たされている状態である場合と、満たされていない状態である場合があるということです。
つまり、B価値の追求における満足度合いも、時と場合によって、あるには人によって満たされ具合が異なっているということになります。
言い換えれば、自己実現の欲求で生きている人でもこのB価値を求める欲求へのモチベーションはそれぞれであり、実際の「自己実現の欲求の満足度い」と「B価値を求める欲求の満足度合い」はイコールでは結べないということです。
このような意味で、「自己実現の欲求=メタ欲求」という説明は厳密に言えば正しくないということだったんです。
なお、このことは、「高次欲求」と「メタ欲求」は別物であるという事とも矛盾点がなく、その優先順位が「高次欲求>メタ欲求」という内容とも相違がないですよね。
したがって、こういった事も踏まえて考えると、先程引用した文脈でのメタ欲求の意味は、「B価値を追い求める欲求」ということになります。
こう解釈すると、確かにメタ欲求は自己実現よりも「メタ(より高次)」であるという風にして、メタの元々の語源とも繋がってきますね。
ということで、このコラムでの最後の結論を言うと、「メタ欲求」という言葉自体の元々の意味は「より高次の」という意味であり、マズローがこの言葉を使う際は、比較する対象によってメタ欲求が指し示す具体的な内容は文脈によって異なっているということになります。
つまり、基本的欲求の階層における低次の欲求との比較においては「メタ欲求」とは低次の欲求よりも高次である「自己実現の欲求」のことを指し示しますし、「自己実現の欲求」と比べて高次であるという意味合いで「メタ欲求」という言葉を使えば、それは「B価値を極める欲求」ということになるのです。
言葉って、本当に難しいですよね(笑)
いわんや、マズロー自身はアメリカ人で英語を使う人物だったので、英語で書かれた文章を日本語に翻訳することで更にマズローの真意を掴みにくくなってしまうのです。
なお、マズローが提唱した、自己実現の更に上位の概念にある「自己超越」という概念も絡めるてメタ欲求を考察すると更にややこしくできるのですが、それは流石に辞めておきましょうね(笑)
いずれにしろ、複雑に考えずにマズロー心理学における「メタ欲求」の意味とは何かを一言で言えば、それはやはり「B価値を極めたいという欲求である」である、と結論付けたほうがスッキリと気持ちで着地できるかなと思います。
ということで、このコラムは以上になるのですが、せっかくなので、もしこれらの話を聞いて「B価値についてもっと知りたい」「低次の欲求や高次の欲求も含めて欲求階層をもっと知りたい!」という場合は、下記リンクのコラムや、僕が書いたマズロー関連の電子書籍をご覧いただければと思います。
あなたも、マズロー心理学の面白さにハマるかもしれませんよ?