このコラムは、Amazonで販売中のkindle電子書籍 『なぜウツになる人とならない人がいるのか~マズローが教える心の健康法~』の内容の一部を、チョコっとだけご紹介させていただいてるものになります。
マズローは、僕たちの心が病気なる原因は「~したい!」という欲求が満たされないことが関係していると考えていたのですが、この欲求が満足していない状態の心を「不健康な心」と表現しています。
そして、このことを、面白い例え話で話してくれているんですよね。
マズローは、このような心の欲求が満たされない現象を、ビタミンやカルシウムなどといった栄養素が不足すると身体が不調を起こすのと同じ原理だと捉えていたんです。
この例えは、とても分かりやすい解釈だなと個人的には思います。
たしかに、僕たちは必要な栄養素が不足すると血の巡りが悪くなったり、筋肉や骨や臓器がちゃんと作られなかったり機能不全に陥って、結果的に体が病気になってしまいます。
それと同じで、欲求がちゃんと満たされないと心が不調になるのは、イメージしやすいですいし分かりやすい気がしないでしょうか。
そういう意味では、欲求を満たすことは心がちゃんと機能するための栄養を与えてあげることという風にも解釈できるのかなと僕は思っています。
このように捉えてみると、栄養不足の心が正常にはたらかないのは当然のことのように思えます。
お腹を空かせて栄養失調でガリガリになっている心に、ムチ打ちながら「ちゃんとはたらけ!」って厳しくする方がどう考えても無理ありますよね(笑)
そういう意味でも、欲求をしっかり満たしてあげることで、はじめて心は健康でいられるんです。
しかしながら、現代に生きる僕たちは自分の欲求を満たすのがメッチャ苦手です(笑)
仕事では、「自分には厳しくするべき!」「やりたいことを我慢するのは当然!」「自己犠牲して当たり前!」「これは義務なんだから嫌でもやらなければいけない!」といった感じで多くの人が働いています。
「休みたい」「眠りたい」「ボーっとしたい」「遊びたい」「はしゃぎたい」などの気持ちは、ほぼ全無視です。
しかも、人付き合いにおいても、相手の目を気にしてやりたいことしなかったり、逆に嫌われたくないからやりたくないことを無理してやったりしてたりしがちです。
本心では思ってないこと言ったり、相手に嘘をついてたりすることもあったりなかったり。
あるいは、「言いたいこと」を言わなかったり、「言いたくないこと」を言ったりすることの頻度も人によってはかなり多いと思います。
どれだけこういった事が起こっているのかを一度朝から晩までしっかりカウントしてみると、その数の多さに結構ビックリしてしまうかもしれません。
そして、こういったことは言わずもがな、欲求を満たすことではありません。
昔の僕は特に自分の欲求を満たしてあげることが大の苦手で、きっと欲求満足選手権があったら、相手が誰でも一回戦で負ける自信ありました(笑)
もっとも、僕に限らず日本人は特にその傾向が強いのではないかなと思います。
もちろん、大なり小なりそうやって欲求を抑えたり欲求に従わないことは社会生活においてはある程度は必要なのも事実です。
しかし、それも度が過ぎると、栄養不足で心がやせ細っちゃうんですよね。
いわゆる「いい人」がうつ病になりやすいと言われるのも、そういう人は自分の欲求を我慢しまくっちゃってる人とも言い換えられると思います。
一般的に「いい人」と言われる人たちは、「~したい!」「~したくない!」という自分の気持ちを優先させずにいるから、心を病んじゃうんですよね。
そして、これらの事も踏まえてマズローは、人の「心理的な健康度」と「欲求の満足度」は比例していると言い切ってもいいんじゃないかと考えていたんです。
つまり、欲求の満足度が高いと心の健康度も高いし、欲求の満足度が低いと心の健康度は低いということですね。
これは、自分自身の実体験も含めほとんどの現代人が何となく納得できる意見なのではないでしょうか。
とはいえ、実はその一方で、だからといって何でもかんでもすぐに欲求を満たすのも考えものだともマズローは言っているんです。
なぜなら、欲求が満たされないこと、もしくは悲しい出来事や不幸な試練などによって欲求不満がもたらされることを通して心の健康が増進されることもあり、その辺りも考慮する必要があるからです。
これは要するに、苦しみや辛いことを経験せずに甘やされてばっかりいるのも問題だよね、ということです。
「可愛い子どもは谷に落とせ」とも言うように、過保護が色々な問題を生じさせるのは周知の事実ですよね。
そういった意味では、ある程度の欲求不満経験は人としてより成熟するためには必要なことなんです。
事実、たとえば幼い頃に親から手取り足取りあらゆる要望を聞き入れてもらっていた子どもは欲求不満への耐性がなく、それはマズローの言う「真に健康な心の持ち主」にはなり得ません。
もっとも、多くの場合は大人になるにつれて自分自身で心に厳しくなります。
昔の僕もそうでしたが、自分の心への接し方はもはや「イジメ」の領域に達していることも珍しくありません(笑)
そして、そのような態度で自分の心を扱うから、欲求の満足度が下がってうつ病にまでなってしまうケースがあるということです。
そういった意味でも、自分のなかにある「~したい!」という欲求をしっかりと把握し、それを適切なかたちでちゃんと満たしてあげることが、心の健康においては大事なことなんですね。
そして、そのときに大切になる考え方が、何を隠そうマズローが提唱する「基本的欲求の階層」の話なんです。
マズローは、僕たち人間がもっている欲求をあえてグループ分けすれば概ね五つに分けられると考え、その五つの欲求を基本的欲求と呼んでいました。
とはいえ、その基本的欲求にどんな欲求が含まれているのかは、マズロー自身も研究が進むにつれて意見をどんどん柔軟に変えていってるというのも、意外と知られていない事実だったりします。
ただ、いずれにしろ、特に大切な欲求はとりあえず五種類に絞られ、それは、「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「尊重の欲求」「自己実現の欲求」の五つです。
この五つの欲求が満たされないことが心の病を生むと、マズローは考えていたということなんです。
逆に、これらの欲求がちゃんと満たされていれば、心は健康でいられます。
そして、五種類の欲求を理解するために、それぞれを「~したい」という形で言い換えてみると、下記のようになります。
●生理的欲求=「生きていたい!」
●安全の欲求=「安心していたい!」
●所属と愛の欲求=「誰かと繋がっていたい!」
●尊重の欲求=「自分と他者を大切にしたい!」
●自己実現の欲求=「自分らしくいたい!」「自分の可能性を発揮したい!」
これら五つが、一番目の「生理的欲求」から順に五番目の「自己実現の欲求」へ向かって階層状に積み上げられているため、それを指して「欲求階層」と呼ばれてるのは有名ですよね。
言わずもがな、「生きたい」「安心したい」というのは、人間に限らず生き物として必要な欲求です。
「誰かと繋がりたい」であったり、「人を大切にしたい」というのも、社会的な動物である人間には確かに存在する欲求と言えるでしょう。
「自分らしくいること」や「自分が秘めている可能性を試してみたい」というのも、その気持ちがどれだけ強いかを置いておけば、人であれば誰しもが内に秘めている共通した欲求ではないでしょうか。
そして、色々なことを省いてモノスゴク簡単に言うと、
「安心していたいのに、安心していられない!」
「誰かと繋がっていたいのに、繋がりを実感できない!」
「自分も相手も大切にしたいのに、それができない!」
「自分らしく生きることで内側に眠っている可能性を思う存分発揮したいのに、それが叶わない!」
という状態が、心の病を患う原因の一つなんです。
ちなみに念のために触れておくと、マズローは、この五つの欲求は個人の性格や生まれ育った環境や所属する社会や文化の違いに関係なく、人間なら必ずもっている欲求だと考えていました。
もっとも、この考えには賛否両論あるようですが、一般的な批判的な意見の背景には、実はマズローがこれらの欲求を自分がもっていることを自覚できていない人もいると言っていることや、これらの欲求が表に出てこなくなってしまう条件も存在すると述べていることを知らないからこその誤解や反論という面もあるんです。
いずれにしろ、僕たちが自分の欲求を押し殺していて、自分にどんな欲求があるかも分からなくなっていることは、何となくご納得いただけるのではないでしょうか(笑)
むしろ、自分の欲求を正しく理解できていないことが心の病の問題を余計にややこしくしていると言った方が、より正確な言い方かもしれませんね。
なお、下記は僕がつくった欲求階層のイメージ図の簡易版ですが、ここにある五つの欲求をしっかりと満たすことが、心の病から回復する一つの方法であり、健康な心の持ち主として自分らしい人生を謳歌する秘訣でもあります。
ちなみに、これらの話は「心の健康という視点からだけ見た基本的欲求」についての話になり、マズローの語る欲求論は心の健康だけでなく、仕事・お金・子育て・宗教・芸術・社会システムなどといったあらゆる面を含んだ包括的な話であるということは、頭の片隅に置いておいていただければと思います。
・「~したい!」という欲求を満たすことは自分の心に栄養を与えてあげることになる
・したい事をしなかったり、したくない事をしたりすると心は栄養不足になり、それが行き過ぎると心の病になる恐れがある
・欲求の満足度と心の健康度は比例関係にあると言える
・欲求不満はある程度は必要だが、現代人は自分の欲求を満たすのがニガテで、仕事や人間関係において自分の「~したい!」という本心をないがしろにする傾向が強い
・五つの基本的欲求を健全に満たすことで、健康な心の持ち主になれる