自己実現

ブルーピリオドから紐解く新しい物語の創り方/本当の自分を生きる人生とは?

ブルーピリオド
自己紹介

 

このコラムは下記コラムの続きになるので、まだお読みでない方は先に一つ目の記事からお読みいただければと思います。

ブルーピリオドの内容が自己実現的すぎる!?作中の6つの名言の意味 講談社の月刊アフタヌーンで連載されている「ブルーピリオド」という漫画には、僕たちが自分らしく生き続けるためには絶対に忘れ...

 

今回は、講談社の月刊アフタヌーンで連載されている「ブルーピリオド」という漫画の第1巻に秘められた、「知る人ぞ知る読み手を惹きつける新しいストーリー構成」の秘密に迫ってみたいと思います。

なお、この記事はこの漫画のネタバレ全開になっているので、まだブルーピリオドの1巻を読んでいない場合はぜひ実際の漫画を読んでみてからこのコラムの内容に触れていただければと思います。

 

1.これまでの王道ストーリーとは?

 

大ヒットを記録するような人気作品で展開されるストーリーというのは、実は共通の王道ストーリーに沿って物語が進められています。

そのストーリーとは「ヒーローズ・ジャーニー」と呼ばれるもので、特にハリウッド映画などではよく見られる物語構成ですね。

この物語構成は、世界中の神話を研究しているジョゼフ・キャンベルという人物が見つけ出したもので、彼は神話の研究を通して時代を超えて読み継がれる物語に共通性があることに気付き、それを「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」と名付けました。

具体的な映画作品で言うと、、『スターウォーズ』『ロード・オブ・ザ・リング』『ハリーポッター』『マトリックス』『ロッキー』などがこれに該当します。

そして、このヒーローズ・ジャーニーは、下記のような13のステップに沿って物語が展開していきます。

 

①平凡な日常:ここにいれば安全
②冒険への誘い:平和と秩序が脅かされる
③誘いの拒絶:主人公のコンプレックス
④師との出会い:ガイドの登場
⑤第一関門:引き返せない境界線
⑥試練・仲間・宿敵との出会い:世界の広さを知る
⑦準備:プランニング・共通のゴール設定
⑧最大の挑戦:初めての対決と大きな危機
⑨報酬・宝:パワーアップ
⑩帰路:あらゆる危機・タイムリミット
⑫復活:クライマックス・最大の危機
⑬宝を持って日常への帰還:コンプレックスの克服

 

上記の映画を見たことがある場合は、確かにこのようなステップに沿って話が進んでいることがお分かりいただけると思います。

 

もっとも、ブルーピリオドに見られるストーリーはこのヒーローズ・ジャーニーではない、別のタイプの物語によってつくられていると僕は考えています。

 

そのストーリー設定とは、「ヴァージンズ・プロミス」と呼ばれる、「本当の自分を思い出す」物語です。

 

2.ヴァージンズ・プロミスとは?

 

ヴァージンズ・プロミスという物語は、キム・ハドソンさんという方が『新しい主人公の作り方 ─アーキタイプとシンボルで生み出す脚本術』という書籍で提唱されている新しいタイプの物語です。

 

 

このヴァージンズ・プロミスは、ユング心理学をベースに「ヴァージン」というアーキタイプをもとに考案されており、具体的な映画で言うと下記のような映画になります。

 

『リトル・ダンサー』
『アバウト・ア・ボーイ』
『キューティー・ブロンド』
『メイド・イン・マンハッタン』
『天使にラブ・ソングを…』
『プリティ・ウーマン』
『デンジャラス・ビューティー』
『ブローク・バック・マウンテン』
『エリン・ブロコヴィッチ』
『あなたが寝てる間に…』
『ワーキング・ガール』

 

そして、このヴァージンズ・プロミスという物語におけるストーリー展開のステップは以下のようなものになります。

 

第一幕
① 依存の世界 :善良で正しい世界
② 服従の代償 :自分が出せない空気
③ 輝くチャンス :本心を表現する
④ 衣装を着る :魔法が起きる?

第二幕
⑤ 秘密の世界 :2つの世界を行ったり来たり
⑥ 適応不能になる :混乱と無謀な行動
⑦ 輝きの発覚 :現実に直面・周囲の視線
⑧ 枷を手放す :決断して踏み出す
⑨ 王国の混乱 :世界がぎくしゃくする

第三幕
⑩ 荒野をさまよう :迷い、信念が試される
⑪ 光の選択 :クライマックスと宣言
⑫ 秩序の再構築 :レスキュー
⑬ 輝く王国 :新しい生き方がはじまる

 

上記のような映画をこの視点で実際に見てみるとこのステップがよく理解できるのですが、今回はこのヴァージンズ・プロミスという物語とブルーピリオドを照らし合わせることで、なぜブルーピリオドが読者の心を動かすのかを紐解いてみましょう。

 

3.ブルーピリオドは自分自身を生きる物語?

 

ブルーピリオドの1巻に収録されている内容は、ヴァージンズ・プロミスにぴったり当てはまっていると個人的には思うのですが、具体的には下記のような流れになりますね。

 

【第一幕】① 依存の世界 :善良で正しい世界

 

この一つ目のステップは、主人公である八虎の日常風景そのものです。

不良でありながらも成績優秀で愛嬌もありコミュ力が高い八虎は、クラスメイトからも好かれ一目置かれている存在です。

八虎自身はこの状況を、『少し高めの社会のレールの上』で生きていると表現していますね。

そこは安定していて、なおかつ安心もできる非常に安全な世界です。

 

② 服従の代償 :自分が出せない空気

 

そのような安全な世界で生きている八虎ですが、そこでは自分を押し殺すという制約もあります。

周囲に合わせて自分を変えることでしかその場に留まることができません。

八虎自身もそのことには薄々気付いており、心のどこかでそのことに対しての違和感を感じています。

夜の渋谷で友人とサッカー観戦している自分を冷めた目で見ていたり、皆と一緒になって馬鹿になり切れない自分がいるにも関わらず、友達の前では彼らに拒否されない行動や発言をしつづける八虎。

また、八虎の母は、父親の事業の失敗により八虎には安定を求めてきます。

このような環境下で、八虎は自分を出すことはできません。

 

③ 輝くチャンス :本心を表現する

 

しかし、そんな八虎に転機が訪れます。

美術部の森先輩が描いた絵を偶然目撃してしまうのですね。

その絵に深く引き込まれる八虎。

そして、その影響で、青い渋谷の絵を描くのです。

 

④ 衣装を着る :魔法が起きる?

 

その八虎の絵は、この漫画のキーパーソンである同級生の美術部であるユカや、仲のいい友人たち、更には美術部顧問の佐伯先生にまで褒められます。

このような周囲からの反応や、八虎が彼らとのやり取りの中で得ることができた『その時生まれて初めてちゃんと人と会話できた気がした』というは感覚は、自分の殻を破ったがゆえに得ることができた生きた実感と言えますね。

今までの偽りの自分を脱ぎ捨て、本当の自分をまとい表現したことによって起こった魔法とも言えるでしょう。

いずれにしろ、新しい世界を垣間見た瞬間であり、これまでの自分とは違う自分に出会うような感覚と言えると思います。

 

【第二幕】⑤ 秘密の世界 :2つの世界を行ったり来たり

 

絵を描いたことにより今までにない感動を味わった八虎ですが、とは言えすぐに美術の世界に入り込むワケではありません。

今までの世界と新しい世界の間で行ったり来たりします。

この描写は、「美術室と教室」という対比だったり、「美術部員と友人」であったり、「美大か普通の大学か」といった天秤などで描かれていますね。

平たく言えば、これは「不安定と安定」あるいは「挑戦か依存か」という二つの要素の間で葛藤している状況と言えるでしょう。

あるいは、放課後に自宅で受験勉強しながらもノートには自分の手の絵を描いてしまっている八虎の姿にもそれを感じとることができます。

しかし、八虎の頭のなかには『お絵描きって趣味でいいんじゃないの?』『プロ目指さなくても美大にいかなくとも絵は描ける。ガチでやる意味ある?』といった言葉がまだ流れています。

トドメは、その日の夕食後に母から言われた進路に関する一言『頼むからちゃんとしたとこ入ってね』というセリフですね。

 

⑥ 適応不能になる :混乱と無謀な行動

 

そのような状況下で、八虎は友人たちにも美術の世界に入ろうか迷っていることを隠しているのですが、そんな折、一人の友人に授業中にノートに絵を描いているところを見られてしまいます。

その日の友人たちとの昼食時はあからさまにその話題に触れらることはないのですが、そこでの友人たちとの会話で、八虎は美術の世界を選ぶことへの不安を強めます。

しかし、帰宅後の自宅での勉強は身に入らず、頭では『時間の無駄だ』『楽しいなんて怠慢だ』と自己説得しつつも、どうしても絵を描く手が止まりません。

自分で自分を制御することができなくなってしまっているのですね。

そして、八虎は佐伯先生に上手に絵を描くコツを教えてもらいに行き、そこで美大を目指す宣言をし美術部に入るのです。

自分の選択に自分でも戸惑いつつも、緊張と興奮と喜びと恐怖とが入り混じったような笑みを浮かべながら、八虎は鼓動は高鳴ります。

 

『俺の心臓は今動き出したみたいだ』

 

⑦ 輝きの発覚 :現実に直面・周囲の視線

 

勇気を出して美術の世界に入ったものの、八虎の選択はすぐさま周囲には受け容れられません。

最初は美術部員から冷たい視線を浴びます。

また、八虎は美術部に入ったことも美大を進路に選んだことも母親には言うことができません。

自分の気持ちを母親にちゃんと言わなければいけないことは分かっているのですが、どうしても恐怖心が勝ってしまうのですね。

そうして時間が過ぎていくのですが、ある日ふとしたきっかけで八虎の知らないところで母親に芸大志望と書いた進路希望書を見られてしまいます。

また、それから数日後、今度は八虎が描いた絵を母親はたまたま目撃してしまうのです。

八虎の美術への思いが、隠しきれなくなり周囲に露見していきます。

 

⑧ 枷を手放す :決断して踏み出す

 

そんな中、八虎は森先輩の美大合格に刺激を受け、大きな決断をします。

それが、予備校に通うという決断ですね。

予備校に通うための学費や必要な画材の購入費という大きな出費と共に、もう後戻りできない選択をするのです。

それらのために自分の貯金を払うことは、八虎にとっての安定との別れであり、これまでの枷を手放す決断とも言えるでしょう。

 

⑨ 王国の混乱 :世界がぎくしゃくする

 

予備校での新たな出会い、あるいは母親や友人や美術部員との関係性にどんどん変化が起こり、王国はこれまでとは違う段階に突入します。

八虎という一つの点が動き出したことで、周囲の人々もその影響を受け変化していくのですね。

それぞれの思いや個性がぶつかり出し、いままでは起こり得なかった化学反応が起きてきます。

秩序だった世界は無秩序な状態になり、それはまるで蝶になる前のサナギのような状態とも言えるかもしれません。

破壊と創造は表裏一体とも言うように、変化することは様々な意味を含んでいます。

 

【第三幕】⑩ 荒野をさまよう :迷い、信念が試される

 

予備校に通い出した八虎は、そのレベルの高さに自信を失います。

知らない世界で知らない人々に囲まれているただでさえ不安な環境で、自分の実力のなさを痛感するのです。

美術部に入って以降メキメキと上達していた八虎は、その自負心を傷つけられてしまいます。

その象徴的な存在が、個性たっぷりアクの強めの世田介君ですね。

 

⑪ 光の選択 :クライマックスと宣言 & ⑫ 秩序の再構築 :レスキュー

 

そんな八虎は、自分を美術の世界に引き入れたキッカケであり、同じタイミングで予備校に通い出したユカに、いまの自分の正直な気持ちを打ち明けます。

自分が井の中の蛙であったことに気付いたことや、悔しさや歯がゆさを感じていることを明かした八虎に対し、ユカはこのような言葉を投げかけます。

 

『悔しいと思えるならまだ戦えるね』

 

そして、八虎はいまの自分を真正面から受け容れ、できないならできないなりに絵を描くことを選択します。

言い換えれば、現時点の等身大の自分ができることをやろうとするのですね。

見てくれやうわべを取り繕うのではなく、ありのままの裸の自分をキャンバスにぶつけるのです。

 

『だったらいっそ楽しんで描こう。いっそ遊ぶつもりで。』

 

⑬ 輝く王国 :新しい生き方がはじまる

 

結果的に、八虎はそのようにして描いた絵を、予備校の先生に褒められます。

こうして紆余曲折を経て、八虎は自分が特別でもなければ天才でもないことを受け容れ、いまの自分ができる事をただひたすらにやるだけだという芯をもてるようになるのです。

八虎は、天才にはなれないのであれば天才と見分けがつくまで絵を描き続けるだけだと腹をくくり、そのままの自分で新しい世界を歩んでいく決意を固めたところで、ブルーピリオドの1巻は幕を閉じます。

自分と正面から向き合うことで出会った新しい王国での八虎の美術の物語は、まだ始まったばかりなのです。

 

ブルーピリオドに見られるヴァージンズ・プロミス的なストーリーとの照らし合わせは以上になります。

僕たちも、ありのままの自分自身を最大限に輝かせるという選択をした八虎と数々の素敵な登場人物達に勇気をもらいながら、自分自身の本当の人生を歩み続けていきたいものですね。

 

おわりに

 

さてさて、ここまでの内容に触れたことで「ヴァージンズ・プロミス」という物語がどのようなものなのかはご理解いただけたのではないでしょうか。

ちなみに、個人的にはマズローの語る自己実現にはヒーローズ・ジャーニー的な側面とヴァージンズ・プロミス的な側面の両方があると思っています。

いずれにしろ、ブルーピリオドという作品は、ヴァージンズ・プロミス的な要素を感じ取れるだけでなく、マズローの語る自己実現への理解、特に自己実現のもつ女性的な側面への理解を深めてくれるものであることには変わりないと思います。

 

なお、ブルーピリオドのストーリーがヴァージンズ・プロミスであるということは僕が勝手に思っているだけで、作者の山口つばささんがこのような意図でこの漫画を描いているという意味ではありませんので、その点はご承知おきください。

 

 

井の中の蛙でいることは、ある意味では確かにラクな選択です。

しかし、外の世界に出なければ自分自身を最大限に活かし、ありあまる人生の豊かさを謳歌することはできません。

本来僕たちは、いつでも「井の中の蛙大海を知らず」という状態から脱し、勇気をもって広大な世界を歩み始めることができます。

 

「井の中の蛙大海に出る」

 

もしくは

 

「井の中の蛙大海を泳ぐ」

 

ブルーピリオドは、深く暗い井戸から飛び出して、大海原を泳ぐカエルとして生きる勇気をくれる、本当に素敵な作品ですね。

 

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