超越論

自己超越欲求とは?マズロー自身は6番目の欲求とは言ってない?

自己超越欲求
自己紹介

 

「自己超越欲求」とは、いったい何のことなのでしょうか?

一般的な説明として多いのが、自己超越欲求というものはマズローの欲求階層における「自己実現の欲求」の上に存在する6番目の欲求であり、「利他的なこと(他者のためになること)」であるという説明ですが、結論から言うと厳密に言えばこの説明は正しくありません。

なぜなら、マズロー自身は自己超越欲求についてそのような説明をしていないからなんですよね

というか、実を言うと、「自己超越欲求」という言葉自体マズローはまったく使っていません

この辺りのことも含めて、今回は「自己超越欲求」とは何なのかについて詳しく紐解いていきたいと思います。

 

1.「自己超越」という言葉は適していない?

自己超越欲求01

 

「自己超越欲求とは何なのか?」というメインテーマについての話の前に、そもそもの大前提としての「自己超越」という概念が何なのかについて簡単に触れておきましょう。

ここがブレてしまうと、「自己超越欲求」についても大きな誤解をしてしまいますからね。

 

とはいえ、自己超越とは何なのかについてはこちらの記事に詳しく書いてあるのでまだお読みでない場合はご一読いただければと思うのですが、ここではその結論だけ言うと、マズローは自己実現論のその先にある超越論を語る上で、自身が使う「超越」という言葉には35個の意味があると述べていました。

また、冒頭でも触れたように巷では「自己超越とは利他的なことである」という説明がされていることが多いようですが、厳密にはそれは自己超越ではなく自己実現の段階の話になります。

「他者のために何かをしたい!」という欲求があることは、自己超越ではなく自己実現における欲求であり、自己超越とはそれよりももっと深く広い概念です。

 

むしろ、そもそも論になりますが、実はマズロー自身は「自己超越欲求」という言葉どころか、「自己超越」という言葉ですらほとんど使っていなかったんですよね。

より詳しく言えば、マズローが「自己超越」という言葉を使っていたのはマズローの心理学者としての経歴においての初期の頃であり、超越論を詳細に語っていた後年の時代においては「自己超越」という言葉ではなく、もっと広い意味合いで使える「超越」という言葉を多く用いています

つまり、マズローの語る超越論とは、「自己超越」という言葉だけでは語り切れないもっと大きな概念なのです。

 

したがって、「自己超越欲求=自己実現の次に出てくる他者のための欲求」という理解では、マズローの語る超越論の1%くらいの理解でしかありません。

むしろ、このような理解だけで超越論を把握したと思い込むこと自体が、自己実現や超越も含めたマズロー心理学自体を誤解してしまっているのだとも言えますね。

 

ちなみに、これらの根拠とも言える一つの事実として、日本語に翻訳されている全マズロー著作のうち一番最初に出版された書籍である『人間性の心理学』と、その後17年の時を経て1971年に出版されたマズローの遺作であり集大成とも言える『人間性の最高価値』という書籍において、「自己超越」という言葉と「超越」という言葉がそれぞれ何回くらい使われているのかの比較が下記になります。

 

各単語の使用回数

・『人間性の心理学』(1954年)
「自己超越」3回
「超越』44回

・『人間性の最高価値』(1971年)
「自己超越」4回
「超越」197回

 

つまり、両者において「自己超越」という言葉が使われている回数はほぼ同じですが、より詳しく超越論を語っている『人間性の最高価値』においては、「自己超越」という言葉よりも「超越」という言葉を遥かに多くマズローは使っているということです。

すなわち、マズローは心理学者として成熟しつつある晩年に、自己実現を超える概念として辿り着いた超越論を語る際には「自己超越」という言葉ではなく「超越」という言葉を多く使って超越論について語っているのです。

このような意味でも、「自己超越」という単語だけで超越論を語るのは不十分なのですね

 

なおかつ、マズローは「超越」というものが自己実現を超えることであるとは明確に述べているものの、それを「六番目の欲求である」とは一切述べていません

むしろ、マズロー著作を読めばわかるのですが、文脈等から察するに超越については「自己実現の欲求」も含めた五つの基本的欲求とはまったく違う次元の話としてそれらとは切り離して語っていると思われます。

また、そもそも論ですが、マズロー自身は基本的欲求の階層論においても、「五段階」や「五つの欲求」といったような言葉はほぼ使っておらず、欲求を五つに分類すること自体にそれほどこだわっていませんでした。

この事も踏まえて考えても、超越論を「自己超越」という限られた枠組みで語ることも、「自己超越欲求」という言葉を使ってこれを六番目の欲求として捉えることも、マズロー心理学をしっかり把握する上では望ましくないと思われます。

 

少し話がややこしくなってきたので、ここまでの内容を簡単にまとめてみましょう。

 

・利他的であることは自己実現の段階の話である
・自己超越は利他的であることさえも超えたもっと大きな概念
・そもそも自己超越という言葉は超越論におけるひとカケラのピースに過ぎない
・なおかつマズローは「自己超越欲求」という言葉は一切使っていないし、それが六番目の欲求であるとも一言も述べていない

→つまり、マズローの語る、自己実現論の先にある超越論を理解するためには、「自己超越」だけでないもっと大きな意味での「超越」の意味を理解する必要がある。

 

ということで、このような前提のもと、続いてはマズローが後年になって「自己超越」という言葉をほとんど使わなくなった理由を考察してみましょう。

そうすることで、超越論への理解がより深まり、自己実現も含めたマズロー心理学の真骨頂を正しく理解することにも繋がります

 

2.なぜマズローは「自己超越欲求」という言葉を使わない?

自己超越欲求02

 

なぜマズローは、「自己超越欲求」という言葉を使わなかったのでしょうか?

もっとも、その事については、明確な理由が述べられているワケでもなければ、もしかしたらマズローも自分でも気づかぬうちにこの言葉を使うことを避けていたのかもしれません。

いずれにしろ、そういった意味では、ここからの話は僕の個人的な考察になるのですが、ここではその結論から言うと、なぜマズローが「自己超越欲求」という言葉を使わなかったのかの理由と思われる考察は二つあります。

そのひとつ目が「自己」という言葉を使うことのデメリットを危惧したことで、もうひとつは超越というものが「欲求」という言葉を超えた概念であるためだと考えられます。

 

なお、一つ目の考察については「自己実現」という言葉にも同様のことが言え、詳しくは拙著『マズローの自己実現~ありのままの自分を謳歌する~』に書いてあるのですが、マズローはこれらの概念のネーミングに「自己」という単語を使ってしまうとどうしても「利己的」な印象を受け手に与えてしまい、このことが自己実現という言葉への誤解を生むと考えていました。

要するに、何も知らない人がただ単に「自己実現」という言葉を見聞きすると、「自己」=「利己的」であり、したがって「自己実現」=「利己的な願望の実現」というニュアンスで受け取る可能性が高いことを危惧していたのですね。

しかし、前述したように実際の自己実現は利己的どころか非常に利他的な性質のものです。

それにもかかわらず、「自己実現」という言葉を使うことで、その利他的な特徴が伝わらないことをマズローは懸念していたということです

 

そして、マズローのその予想は、日本においては残念ながら現実のものとなってしまっています。

実際未だに、自己実現を自己中心的な野望の達成ようなニュアンスで捉えている人も少なくないようです。

少なくとも、自己実現が利他的なものであるという事実を理解している人はほとんどいません。

そして、何より「自己超越は利他的なことである」という説明が多くの場面でなされていることが、言葉の語感に引っ張られることで自己実現の内容を多くの人が正確に理解できていない証拠であると言えるでしょう。

なぜなら、「自己実現は利他的なことである」ということが理解されていないが故にそのような説明がまかり通るからですね。

言い換えれば、「自己を実現する=自分の願望を実現する(利他的ではない)」という認識が広まっており、だからこそ「自己を超越する=自分の利害を超越し他人のために何かをする(利他的である)」であるという認識が広まるということです。

自己実現と自己超越に対するこのような誤った理解が一般的になってしまっていることが、マズローの懸念が現実のものとなってしまっている証拠であるということになります。

平たく言えば、「自己実現」や「自己超越」という表面的な字ヅラだけでその言葉を意味を推測し、それでそのことを理解したことにしてしまっている人が残念ながら圧倒的に多いのですね。

そして、多くの人が自分のその理解が自己実現や自己超越への誤解であるということに気づけていません。

だからこそ、自己超越の説明に関しても間違っているものが多く、なおかつ多くの人がそれらの内容を自分の人生にしっかり落とし込むこともできなければ、実際に自己実現や自己超越に至ることも出来ないのでしょう。

 

つまり、マズローが危惧した、自己実現や自己超越という言葉の言葉尻だけを表面的にすくい取ることで誤解が生じてしまうという状況が現実化してしまっているのが、悲しいかないまの日本における実情なんですね。

言わずもかな、自己実現や自己超越といった概念も含め、マズロー心理学はしっかりとその内容を腑に落とすことができれば仕事や人間関係をより望ましいものにできる可能性をもっているにも関わらず、このような理由によってその真価が引き出されていないことは個人的にとても悲しいことだと思っています。

いずれにしろ、こういった話は重箱の隅をつつくような細かいことかもしれませんが、マズローの語る超越論をしっかりと吸収したいのであれば明確にしておくべき点だと思います。

少なくとも、自己実現はもとより自己超越について興味がある場合は必ず抑えておくべきポイントであることは間違いないでしょう。

 

なお、「自己超越欲求」という言葉をマズローが使わなかった二つ目の考察である「超越というものは欲求という言葉を超えた概念であるため」という内容については、冒頭で触れた「超越の35個の意味に関する記事」の内容をご覧いただければ腑に落とせることだと思います。

念のためその結論だけサクッと一言でまとめると、マズローにとっての「超越」という概念は、もはや「欲求」という言葉には収まりきらないものであり、それこそ「欲求」という言葉を超越した心理学がマズローの考える超越論だったのでしょう

つまるところ、このような意味でも「自己超越欲求」という言葉は、本来の「超越」という言葉がもつ大きく広い意味を小さく縮こませることになってしまうものであり、だからこそマズローは「自己超越欲求」という言葉は使わなかったのだと思います。

 

そして、これらのことも踏まえて、マズローの語る超越とはどのようなものなのかの総まとめを最後にしたいと思います。

 

3.結局、超越とは何なのか?

自己超越欲求03

 

結局のところ、マズローの語る「超越」とはいったい何なのでしょうか?

その結論だけをあえて一言でいうなら、それは「超越とは自己実現を超えることである」という言葉に落ち着くと思います。

 

マズローも『人間性の最高価値』のなかで、超越論について、自身のそれ以前の自己実現の理論までの心理学を「第三勢力の心理学」とした上で、下記のように述べています。

 

わたくしはまた、人間主義的で第三勢力の心理学は、過渡的なもので、なお一層「高次」の第四勢力の心理学、すなわちトランスパーソナルで、人間を超えた心理学の準備段階と考えられると思う。それは、 人間の欲求や利害よりもむしろ宇宙に中心をおき、 人間性、 アイデンティティ、自己実現などを超えてゆこうとするのである。

 

つまり、自己実現を含めた第三勢力としてのそれまでの自身の心理学よりもより高次な心理学が超越論であり、それは第三勢力を超える第四勢力としての心理学になるものであるということですね。

その意味でも、マズロー自身も明確に述べているように、超越とは自己実現を超えていくものなのです。

 

また、マズローは自己実現を様々なかたちで表現していますが、その中の一つに「完全なる人間性の発揮」というものがあります。

この事と先ほどの引用文と照らし合わせて考えれば、マズローにとっての超越とは、人としてのある種の完成形であり個人の人間性を完全に発揮させている自己実現すらを超えたものであるとも言えるでしょう。

このような意味でも、超越とは、人間、人間らしさ、欲求、個性、個人、自己実現などを超えた次元における特殊な理論なのですね

そして、このことの説明としてマズローが詳細に述べていたのが35個の超越の意味であり、それらと認識論や創造性論や至高経験論などを含めて完成させた最終理論が「Z理論」になります。

 

つまるところ、マズローの語る超越とは、自己実現を超えた先にあるまったく新しい概念であり、自己実現も含めたそれまでの理論とは一線を画すような高次の理論だったのです。

だからこそマズローは、語感によって誤解が生まれる可能性が高いだけでなく「自己実現」という言葉とひとつながりだと受け取られる「自己超越」という言葉をあまり使わなかったのでしょうし、「自己超越欲求」という言葉も不適切であると判断したのでしょう。

言い換えれば、マズローにとっての「超越」というのは、「自己実現」も「自己超越」も「欲求」も超えた次元における、それまでの理論とは違ったパラダイムにおいて語られるべきものだったのですね

 

今回の内容はかなりマニアックであり、捉えようによっては言葉遊びにしか思えないことかもしれませんが、マズローのこういった意図もしっかりと汲み取ることで、超越論への理解を更に深めることができるのではないでしょうか。

 

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